花とみらい

あなたの輝く笑顔が、ずっとずっと続きますように。

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Posted by 姫璃 on

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私の大きな活力

Posted by 姫璃 on   2 comments   0 trackback

今日は、学業を休んで母の付添で大きな病院に行ってきました。
と言うのも、母は数日前から酷い腫れと化膿で何度も救急病院に通っていたのです。
そこで治療を受けていたので、母は、そこでどんな処置を受けるのか分かっている為、緊張していました。麻酔無しで化膿部分を切られるので、相当な痛みが伴うので、さすがの母親も待合室ではとてもブルーな表情でした。

私は、今回母に冷たい態度をとってしまって。
そのことで自分を凄く責めていました。
私はいつから、こんなに冷たい人間になってしまったのだろう。
ずっとそのことを考えてきて、私自身にとって今日は、考える日になりました。
病院の帰りに、母は切開後だったので歩くことがつらく、タクシーに乗って帰っていたときのことです。

ここからは、少し長い話になるので、続きにて…。


私の母が体を悪くしたのは、私が小学生から中学生に上がる前後ほどのことでした。
母は体が悪くなってから、家で寝たきりのような状態になり、当然のように私は子供心に、落ち込んだ気分になりました。父親はいないけれど、いつも元気に走り回る母親で、家でじっとすることのなかった人なので、純粋に辛そうな表情で伏せっている姿は、私にとってはつらいものだったのです。

それから数年立って、今の歳になるまで、いつの間にか親が伏せっていることすらも当たり前のような感じになり、母親の「つらい。痛い。」と言う言葉すらも、普通のことのように受け止めてしまっている自分が居ることに、昨日まで気づきませんでした。

母が痛い、と言うと「ああ…またか。」などと思い、自分の中で『いつものこと』として処理してしまう。今思えば、それがどれほど冷たいことなのかと感じます。

そして私は、今回の病気についても、『ああ…またか。』と思い、親よりも他の事に優先してしまったのです。そうしてしまったとき、母親からの言葉は私の心に深い衝撃を与えるものでした。

『他のことよりも、こういうときは母親の方を優先してほしい。』
そう母親から言われた時、正直ショックで、その言葉の後に深い後悔が生まれました。
それからずっと、そのことについて考え続け…・。
いつのまにか、病院が終わり、帰りのタクシーの中で、なんとなく答えが見つかったような気分でした。

帰りのタクシーで母親と一緒にいつの間にか眠っていた私は、母親の声で目が覚めました。私を起こすわけではなく、母がタクシーの運転手に、「娘が寝ているので、窓は開けなくてもいいです。」と言っていた声で、うっすらと目を覚ましました。

私はその時、寝ぼけ眼だったので、少し幻覚のようにも見えたのかもしれませんが、夕日に照らされた母の表情には、痛みや苦痛の表情ではなく、まだ母が元気なころに見た、生き生きとした表情がありました。

一瞬、『お母さん、元気になったのかな・・・。』と心の中で思いました。
そう思えたら、少し泣きそうになっていました。久しぶりに、元気そうな顔みたなぁ~って思うと、泣きそうでした。実際に聞いてみると、「痛み止めが聞いたみたいで、大分よくなったよ~」と言っていました。完璧に治ったわけではなくても、私にはちょっと感動的な瞬間だったのです。

私はここ数年、以前のような元気な母の姿を見ませんでした。
病気病気で伏せり続けて、治る見込みのあるような病気でもなくて、正直それで母を看たりするのがあたりまえで、こんなに悲しいと思っていたのだ、なんていう気持ちも気づかないまま、ずっと数年続けていて、私自身が結局は諦めてしまっていたのだろうと思いました。

そして、どんなに一緒にいて、自分なりに頑張っていても
母がどんどん元気になっていく姿もなく、逆に悪化していってるんじゃないかって思うと、気持ちが荒むような気がしました。

『もういいや…』そんな冷たい気持ちが、はびこっていました。
そして今日、元気そうな?母の表情を見て、自分の本当のきもちに気づけたような気がしました。ずっと麻痺していたけれど、本当はこんなことに悲しみ、こんなことで嬉しいと思うんだという気持ちに気づけてよかったです。

これも一重に励ましてくれたお陰です^^
本当にありがとうございました。

そして、また今日から自分の気持ちを思い直して、頑張っていこうと思います。
それでは、何やら文章めっちゃくちゃな日記になりましたが・・・これにて。





Comment

フィアナ says... ""
『本当に大切なものは失くさないと気付かない』
月並みなセリフですけど、これって当たってると思うんですよね。

私は1ヶ月ぐらい前に祖父を亡くしました。
家が大学の近くにあるということで、よく暇つぶしに遊びにいっていたりしたのですが、何度もいっていると『うるさいなぁ…』とか『めんどくさいなぁ…』と思うようになったのです。
就職も決まって、のんびりしていたある日、急に母親から祖父が入院するといってきたのです。その時はまだ、『すぐに帰ってくるだろう』と思ってました。

しかし、次の日急に祖父が亡くなったのです。本当に急で電話で凶報を伝えてくれた母親の声もとても悲しそうでした。
そしてその後葬式をして、火葬場に入れられる祖父を見て、初めてあの『うるさいなぁ…』と思っていた日々がとても大切に思えてきたのです。

真璃亞さんの場合、まだまだこれからのはずです。気恥ずかしさはあるのでしょうけど、たまには感謝の気持ちを伝えてみるのもいいかもしれません。それだけでかなり変わってくると思いますよ。

長文失礼しました。
2008.03.10 19:42 | URL | #1Cm5Xbjo [edit]
BUG says... ""
まただ・・・と感じるのはある意味仕方ないことではないでしょうか
実際同じことが目の前で起こってるのですから・・・
だからと言ってそれから目をそむけるのはいけない事ですけどね
それに集中しすぎて自分を見失うのも危険かな
世の中には看護疲れで・・・な事もありますし

まぁどんな結果になろうとも後悔しないように動けばいいのではないでしょうか
たとえ、悪い結果に終わったとしても
最終的にはそれは仕方ないと割り切るしかないのですからね

何か少しずれたこといった気もしますが・・・
上二人と同じ意見なのでこれ以上は書きません

とりあえず今は体調が良くなったことを喜ぶべきだと思います
そして、これからもお母さんを大切にしてあげてください

それじゃ長文失礼しました
2008.03.14 09:08 | URL | #- [edit]

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